あなたが今見ているこのページは、
申込みを促すためのページではありません。
ここで行うのは、
「この場を使うかどうか」を決めるための判断材料の提示だけです。
決めるか、決めないか。
進むか、見送るか。
その判断は、あなた自身に委ねられています。
まず、あなたが気になっているであろう
条件を満たす「点検の場」とは、
何かを決めてもらう場所でも、
正解を教えてもらう時間でもありません。
自分の判断が、
どの前提に立って行われているかが
自然と浮かび上がってしまうような環境です。
まずは、その必要性から考えてみましょう。
今、あなたは
新しいノウハウや正解を探しているのではありませんか。
それは怠けているからではありません。
むしろ、真剣に考えてきたからこそです。
調べてきた。学んできた。
比較もしてきた。試行錯誤もしてきた。
それでも次の一手に、
「これでいこう」と自信を持てない。
この感覚に、心当たりはありませんか。
この迷いは、あなた個人の問題ではありません。
しかも、AIの登場によって、
「それっぽい正解」は、いつでも手に入るようになりました。
集客、デザイン、コピー、導線、戦略。
一定水準以上のアウトプットは、誰でも出せます。
しかし、その結果、
比較とやり直しが、頭から消えなくなる状態が
生まれていませんか。
さらに、もう一つの側面があります。
お客様側も、良いデザイン・整った表現に慣れてきています。
違いが分からない。優劣がつかない。だから選べない。
これは、作り手側も同じです。
こうした状況の中で、多くの人が次のような選択肢を取ろうとします。
しかし、ここには盲点があります。
それは、相談相手が、
必ずしも判断軸が固まっているとは限らないということです。
つまり、あなたの少し先を行っているだけで、
本質に辿り着いていない可能性があるということです。
また、AIは思考の補助はしてくれますが、
あなたの前提がズレているかどうかは教えてくれません。
セミナーは、多くの場合「答え」や「やり方」を扱います。
しかし、どの前提でそれを選んでしまうのか までは扱いません。
それに考えてみてください。
判断は、一人でもできます。
現に、今まであなたは何度も判断してきました。
そして、うまくいかないときは、新たな手法を学ぶことで乗り切ってきたのでは?
だから、
単に判断がどこでズレているかを確認することを、
意識してやってこなかったのではないでしょうか。
しかし、考えなければならないことは、
もし、自分の前提が歪んでいたとしたら、
自分自身でその歪みに気づくことは構造上不可能ということです。
では、その「点検」が成立するのは、どんな条件が揃ったときでしょうか。
それは、次の3つが同時に満たされたときです。
しかし、残念なことに、この条件を満たす「環境」は、
身近に存在しない可能性が高いです。
なぜか、わかりますか?
なぜなら、実力者は、「個別の結果」を出すプロであり、
すでに自分の領域で結果を出しており、忙しく働いているからです。
彼らが提供する、コンサル、顧問、壁打ちは、
極めて高額で、紹介制であり、一般に募集されることはほぼありません。
つまり、あなたが「点検」を依頼したくても、そもそも繋がることができない 可能性が高いのです。
では、仮に無理をして高額な費用を払い、実力者にアクセスできたとしましょう。
そうすると、別の致命的な問題が生じます。
それは、「お金を払う」という行為が、点検の純度を下げてしまうということです。
どういうことかというと、
お金を払う以上、あなたは「具体的な解決策」や「売上」という成果を求めますよね。
一方で、実力者側も「お金をいただく以上、結果を出させなければならない」
という責任を負います。
するとどうなるか。
おそらく、やり取りは「どうやったら売れるか」という出口の話に終始し、
「なぜその判断軸がズレているのか」という根源的な点検は、
時間切れで置き去りにされやすくなります。
つまり、教える側も教わる側も、正解を急ぐあまり、
入り口である「前提」を見直す余裕がなくなる。
これが、有料の個別支援が「点検」として機能しにくい理由です。
ここで「コーチングなら、自分の内面を掘り下げるから点検になるのでは?」
と思ったかもしれません。しかし、そこにも大きな罠があります。
コーチングの基本原則は「答えはあなたの中にある」というものです。
しかし、もし、あなたの判断の「前提」そのものが今の状況に合わず、
歪んでいたとしたらどうでしょうか。
歪んだレンズを通して自分の中をいくら掘り下げてもらっても、
出てくるのは「歪んだ前提を強化する答え」だけです。
内省(一人で考えること)の延長線上にあるコーチングでは、
自分という枠組みの外側にある「前提のズレ」を指摘し、
レンズそのものを交換することは構造上困難なのです。
この平行線を解消するには、一つの方法しかありません。
実力者側から「個別に正解を渡す責任」を、構造的に解除することです。
あえて無料とし、あえて一対多の「シェア」という形を取る。
これにより、実力者はあなた一人の正解をひねり出す労働から解放され、
自らの「判断プロセスそのもの」を純粋に開示することに専念できるようになります。
あなたにとっても、自分に責任を負っていない他者の判断を客観的に見ることで、
初めて自らのズレを「鏡」として認識することが可能になります。
しかし、この構造には
一つだけ、致命的な弱点があります。
それは、無料で、シェア形式であるがゆえに、
受け取る側の姿勢が揃っていないと、
一瞬で崩壊してしまうという点です。
例えば、
前提を無視して「答えだけを抜き取ろうとする人」
思考を放棄して「何かをもらおうとする人」
こうした人が混ざると、
実力者は判断プロセスを開示する意味を失い、
場の知的純度は一気に下がります。
それは、「自らの思考を研磨する環境」です。
お金をもらって結果を出す「実務労働」からは離れ、
あえて一対多という場で、多種多様な判断のズレを鏡として観測する。
それは、判断の専門家にとって自らの理論をさらに鋭利にする「知的な実験場」になります。
だからこそ、実力者は「無料」という形を選ぶのです。
自分の判断プロセスを、純粋に言語化することに専念するために。
点検を「招待制かつ無料」で行う理由:
そんな「点検の場」、ほしくないですか?
では、この希少な条件を満たす点検を、どの領域で行うべきか。
私たちが最も自分の判断の正しさに固執し、
かつ、最もそのズレが結果に直結する領域とはなにか。
それは「集客」ではないでしょうか。
手法が溢れているからこそ、
手法以前の「どの前提でそれを選ぶか」という判断のズレが、
そのまま損失(時間、コスト、機会)として表に出やすい領域だからです。
この「他者の判断プロセスを借りて、自分の前提を点検する環境」を具体化した場。
それが、「集客判断シェア会」です。
この場で起きることを整理します。
正解が与えられることはありません。
判断基準が植え付けられることもありません。
起きるのは、
それだけです。
ここまで来て、もしかしたら自分はまだ早いかもと感じた方がいるかもしれませんが、
安心してください。
「自分はまだ判断基準が言語化できていない」と感じていても
それ自体は、今回のテーマと最も相性が良い状態です。
点検は、判断基準を完成させる場ではなく、
曖昧になった判断を確認するためのものだからです。
この場で判断のプロセスを共有するのは、遠藤 貴則 博士です。
判断を見るに足る理由
この場は「オンライン開催・講義形式」で、
賑やかなワークや発言の強制はなく、
静かに考える時間が多い場として設計されています。
| 名称 | 2026年 集客判断シェア会(招待制) |
|---|---|
| 日時 | 1月28日(水)20:00~23:00 |
| 形式 | ZOOM(講義・質疑応答) |
| 参加人数 | 約30名 |
| 参加費 | 無料(招待者限定) |
| 注意事項 | 録画禁止 / 途中入退室可能 |
今のあなたは、正解を探したい状態でしょうか。
それとも、自分の判断を点検したい状態でしょうか。
後者かもしれない、そう感じたなら、この場は機能します。
参加するか、見送るか。
判断は、あなた自身に委ねられています。